あなたが会社員なら、上司から「なんでこんなことも分からないのか」「どうしてできないのか」などと責められた体験が一度や二度はあるのではないでしょうか。
ふつう上司から責められると、部下は縮こまって「大変申し訳ありません」とうなだれます。
そして上司の叱責の言葉を心の中で反芻(はんすう)します。
「どうして私はこんなことも分からないのだろうか」「どうしてオレはできないのだろう」と。
こうして分からない原因、できない理由を検索することになります。
私たちの脳には高性能の検索エンジンが積まれています。
気付けば、自分が分からない原因、できない理由を探り当てます。
そして「だから私はこんなことも分からないのか」「だからオレはできないのか」と脳が導き出した答えに納得するのです。
このもっともらしく聞こえる検索結果は、あなたがデキナイ人間であると思い込ませるのに役立ちます。
上司のネガティブな叱責は、部下の自尊心をぼろぼろに打ち砕きます。
無能感に襲われた部下は、デキナイという自己暗示にかかります。
こうして一人また一人とデキナイ人間が粗製乱造されるのです。
間違った指導と間違った思い込みによって、人はいくらでもダメになれます。
本サイトの記事では、みらい総合法律事務所の共同経営者である谷原誠弁護士の著書から、ポジティブ・クエスチョンの効用を取り上げます。
上に挙げた上司の発言は、ネガティブ・クエスチョンと言います。
「お前はダメなやつだ」という否定的なレッテルを貼るものです。
有害なネガティブ・クエスチョンは、ポジティブ・クエスチョンに変換する必要があります。
ポジティブ・クエスチョンに変換することによって、人は前向きに解決策を探し始めます。
ポジティブ・クエスチョンを通じてあなたは、能動的に最適解を導き出す有能な人間になれます。
1.ポジティブ・クエスチョンの効用
「なんでこんなことも分からないのか」「どうしてできないのか」というネガティブ・クエスチョンは、ポジティブ・クエスチョンに変換できます。
例えば、以下のようになります。
・何に取り組んだら分かるようになると思うか? (what)
・分かるようになるため、何か手伝えることはあるか? (what)
・いつまでにできるようになるのか? (when)
・どこを変えたらできるようになるか? (Where)
・誰と組んだらできるようになるか? (Who)
・どうしたらできるようになるのか? (How)
お気付きでしょうか。
これらはすべて5W1Hから「Why」を取り除いた質問です。
一方、ネガティブ・クエスチョンは「なんでこんなことも分からないのか」「どうしてできないのか」と「Why」を問うものです。
谷原弁護士は著書『人を動かす質問力』(角川新書)と『「いい質問」が人を動かす』(文響社)の中でこう説きます。
「Why」は追及する質問なので、適当ではないのです。
※追及=悪事や責任を探って、どこまでも追い詰めること
上司が部下を罵倒するときに発する発言も同様です。
「なんでいつもミスをするんだ」
「なんでこれを忘れるんだ」
「どうしてそんなにダメなんだ」
「なんで」「どうして」など、「Why」から始まっています。
ネガティブ・クエスチョンは人を追い詰めることしかできません。
「どうしてそんなにダメなんだ」という発言に至っては、答えなど求められていません。
「お前はできない人間だ」「お前はダメなやつだ」と不適合者の烙印を押すようなものです。
谷原弁護士は公式ブログでつぎのように指摘します。
上司の仕事は部下をダメ扱いすることではありません。
部下に仕事を正確かつ迅速にさせること、部下を育てることです。
その時に、「ダメなヤツだ」と言っても始まりません。
逆に部下のモチベーションをアップさせ、前向きにさせ、部下に十分考えさせることが大切です。
部下のモチベーションをアップさせ、前向きにさせ、部下に十分考えさせるために必要なのがポジティブ・クエスチョンです。
下に例を挙げます。
×「なんでいつもミスをするんだ」
→ 〇「どうすればつぎはミスをしないと思う?」
×「なんでこれを忘れるんだ」
→ 〇「どんな準備をすれば忘れないで済むかな?」
×「どうしてそんなにダメなんだ」
→ 〇「何を始めたらうまくいくと思う?」
前向きな質問を投げかけると、部下は脳をフル回転させ、最適解を導き出します。
大切なのはダメ人間のレッテルを貼ることではなく、ポジティブ・クエスチョンによって部下に改善策を探させることです。
適切な質問を投げかければ、人は正しい対処法を自ら見つけ出します。
谷原流「ポジティブな質問に変換する」方法
谷原弁護士は著書で、「なんでお前はこんなことができないんだ」という質問をポジティブに変換する方法を説明しています。
それは、まず質問に潜む価値観を抽出し、その価値観を満たすポジティブな質問に変換することです。
「なんでお前はこんなことができないんだ?」という質問に潜む価値観は、「お前はできるはずだ」というところにあります。
そうであれば、できるように思考するポジティブな質問に変換すればよいのです。
「質問に潜む価値観」とは、裏のメッセージとも言えます。
例えば、妻が夫に「なんで結婚記念日くらい覚えられないの?」と言って怒るとします。
この「質問に潜む価値観」または裏のメッセージは「結婚記念日を忘れないでほしい」というものです。
夫を責めても事態は改善しません。
妻が「どうしたら結婚記念日を覚えていられると思う?」とか「どんな助けがあれば、結婚記念日を思い出してもらえる?」などとポジティブな質問に言い換えれば、夫の方も前向きに解決策を考え始めます。
夫は「君の方でレストランに一ヵ月前に予約を入れてくれるかな?」とか「カレンダーに記念日をあらかじめ丸で囲っておくのはどうだろう?」などと答えるでしょう。
※参照:公式ブログ「ポジティブクエスチョントレーニング」(2011年9月21日付)より
このほかにも谷原弁護士は、著書の中でポジティブ・クエスチョンに変換する例を挙げていますので、引用します。
ネガティブクエスチョン
「なんでお前だけが売れないんだ?」
価値観
お前も売れるはずだ。
↓
ポジティブ・クエスチョン
「他の人が売れる理由は何だと思う?」
「どこを変えればもっと売れると思う?」
「お客様は、どういう人から買いたいと思う?」
「お客様は、どんな時、買いたいと思う?」
ネガティブ・クエスチョン
「どうしてそんなにやる気のない態度なんだ?」
価値観
やる気を出すべきだ。
↓
ポジティブ・クエスチョン
「気分が優れないようだけど、何かあったの?」
「どういう仕事をしているときがやりがいを感じる?」
「今の仕事にやりがいを感じるにはどうしたらいいと思う?」
「やりがいを感じるときはいつ?」
「誰のために仕事をするときがやりがいを感じる?」
ネガティブ・クエスチョン
「納期が決まっているのに、なぜ守れないんだ?」
価値観
納期を守れるはずだ。
↓
ポジティブ・クエスチョン
「納期を守るためには、どうしたらいいと思う?」
「そもそもこの仕事は納期に間に合う仕事だったの?」
「納期を守るために、どういう努力をしたの?」
「どうしたら納期を守れたと思う?」
こうした例を挙げた上で、谷原弁護士はつぎのように強調します。
あらゆるネガティブ・クエスチョンは、ポジティブ・クエスチョンに変換できますし、すべきです。
質問には思考を強制するパワーがあります。
否定的な質問をすれば相手は否定的に考え、肯定的な質問をすれば肯定的に考えます。
人を育てようとするときは、相手にポジティブに考えてもらわなければなりませんから、ぜひポジティブ・クエスチョンを身につけるようにしてください。
2.まとめ
「なんでこんなこともできないんだ」「どうしてミスを繰り返すのか」などと人を責めても、人は変わりません。
それどころか言えば言うほど、事態は悪化します。
言われた方は、デキナイ理由やミスを繰り返す原因を分析し「だから自分はデキナイ」と思い込むからです。
自己暗示で「自分はデキナイ」と思い込めば、できる能力があってもできなくなります。
「なんでお前はダメなんだ」という発言も人をダメにするだけです。
ネガティブな質問はネガティブなレッテルを貼り付けます。
必要なのはポジティブな質問です。
「どうしたら改善できるだろうか?」「何をしたらうまくいくと思う?」などと問えば、人は適切な解答を導き出します。
そして実際に改善します。
人を動かそうと思ったら、「なんで」「どうして」といった「Why」が含まれる質問をしてはいけません。
私たちはネガティブ・クエスチョンで人を責めるのではなく、ポジティブ・クエスチョンで適切な行動を促したいものです。
関連記事は「自問するなら『だれが問題か』より『どうしたら改善できるか』」。
「だれが問題か」と問うのではなく「どうしたら~できるか」と可能性に着目する必要性をお伝えしています。
ネガティブ・クエスチョン
「何度注意されれば気が済むの?」
価値観
注意されたら一度で直すべきだ。
↓
ポジティブ・クエスチョン
「前回注意した後、何を変えた?」
「今回ミスした原因は何?」
「どうすれば今後ミスを防げると思う?」
「やり方を変えたことはどうやって確認できる?」
「いつ改善する予定?」