人は誰でも一貫性のある行動をとろうとするものです。
特にコミットメントする(立場を明確にする。公言する)ことによって、コミットメントと一貫性を保とうとする傾向がより強くなります。
コミットメントと一貫性が発動すると、物事を複雑に考えないで済む反面、自分の好まない行動をとらせてしまう恐れもあります。
本記事ではコミットメントと一貫性の負の側面に焦点を当ててみます。
人は自分の下した決定を正しいものとして固執しがちです。
その呪縛からはなかなか逃れられません。
コミットメントと一貫性の事例
転職活動をしていたときのことです。
3社に対してアプローチを試みていました。
A社は、記者・ライターの仕事です。
B社は、営業事務の仕事です。
C社は、雑誌編集の仕事です。
この中で一番最初に「内定」をくれたのは、B社でした。
新規事務所の開設に伴い、2週間後の勤務になることを告げられました。
転職を早い時期に決めたかったので、「2週間後」という条件は魅力的でした。
「来てくれますか?」と面接官から聞かれたので、「ハイ。宜しくお願いします」と答えました。
B社に決まったので、A社には応募辞退の申し入れをしました。
C社の社長からは「2~3日あげるから考え直してみないか」と言われましたが、B社の面接で「ハイ。宜しくお願いします」と言ってしまった以上、もう引き返せません。
さて、B社から面接の場で「採用」を言い渡されましたが、待てど暮らせど「内定通知」が届きません。
不安が募ります。
しばらくしてB社の担当者から、「実は事務所開設の手続きが間に合わない。出社日を1ヵ月後にしてほしい」と告げられました。
入社延期です。
経済面を考慮すると、収入を得られる見込みがそれだけ遅れることになり、大問題です。
でも「イイエ、無理です」と断れるはずもありません。
しぶしぶ了承しました。
いったん面接の場で「ハイ。宜しくお願いします」と答えた以上、自分にとって不利な条件でも呑(の)むしかありません。
コミットメントと一貫性を維持しようとするのです。
まして、ほかの選択肢を捨ててしまったあとです。
譲歩する以外、道は残されていません。
分かりやすくするため、仮にB社が悪徳企業だったとしましょう。
応募者に面接時に内定を出しました。
応募者も受諾し、大きな決断を下しました。
B社からすれば、応募者にコミットメントをさせたということです。
そうなれば、しめたものです。
後で応募者に多少無理な要求をしても、通る可能性が高くなります。
応募者は、コミットメントをした以上、一貫性を保つために受け入れようとするからです。
「面接では月収25万円と告げたけれど、最初の6か月は契約社員なので日給6,400円だから」と後出しジャンケンで悪い条件を告げても、応募者は「嫌です」とは言わないでしょう。
言えないのです。
『影響力の武器』の不幸な事例
ロバート・チャルディーニ著『影響力の武器』(誠信書房)の中に、「コミットメントと一貫性」(第三章)の不幸な事例が紹介されています。
客観的には「バカな男」に騙されているとしか思えないセーラの事例が印象的です。
セーラは結婚願望のある若い女性です。
ティムという男と付き合っています。
ティムが失業したので、同棲することになりました。
ところがティムは酒量も多く、結婚願望もありません。
若いセーラは別れる決心をして、家を出ます。
昔のボーイフレンドと出会ったセーラは、意気投合し、婚約。
結婚式の日取りも決まり、招待状を発送する段階まで来ていました。
一方のティムは後悔し、元のサヤに収まりたいと考えています。
以下、本文を引用します。
セーラが自分の結婚の予定を知らせると、ティムは考え直してくれるよう懇願しました。
前と同じように彼女と一緒に暮らすことを望んだのです。
セーラは、あんな生活は二度としたくないと断りました。
結婚したっていいんだ、ティムはそう言って迫りましたが、彼女は新しい恋人のほうが好きだと突き放しました。
そして、とうとうティムは、自分の言うことさえ聞いてくれるのだったら酒をやめると言い出したのです。
このような状態に至ってセーラは、ティムにはかなわないと考え、婚約を破棄し、結婚式をキャンセルし、招待状を取り消し、そしてティムともう一度一緒に暮らす決心をしました。
このあと、ティムの約束違反が続くことになります。
ティムは酒をやめる必要はないとセーラに告げます。
結婚についても、しばらく様子を見るべきだと伝えます。
ティムは何一つ変わろうとしません。
以前と同様、大酒飲みのまま。
結婚の予定もなし。
2人はダラダラと同棲生活を続ける ― というものです。
あなたが女性でなくても、ティムのだらしのなさ、甲斐性のなさ、ダメンズぶりに憤慨するはずです。
セーラに同情するかもしれません。
「ああ、つまらぬ男に引っかかってしまったなぁ」と。
ところが本書では、衝撃的な事実を告げます。
しかし、セーラは以前にも増してティムに夢中です。
選択を迫られたことによって私にはティムしかいないことがわかった、セーラはそう言っています。
つまり、恋人を棄ててティムを選んだ後では、その選択の前提となっていたはずの条件が何も満たされなかったにもかかわらず、彼女は幸福になったのでした。
そして筆者(ロバート・チャルディーニ)の皮肉に満ちた考察が続きます。
こうしてみると、自分が下した決定の正しさを信じようとすることは、馬券を買う人だけに見られるのではないことは明らかです。
実際、私たちは皆、自分の行為や決定と一貫した思考や信念を持ち続けようとして、自分自身をだますことがしばしばあります。
馬券を買い漁るギャンブラーは、「次こそ勝てる」と言い聞かせて、大金をつぎ込みます。
自分自身を騙し続けて、身の破滅を招きます。
それと似たようなことを私たちも普通にしていると筆者は指摘します。
筆者はセーラとティムの事例をさらに掘り下げて解説します。
以下、本文を引用します。
別の男性との結婚話を反古にすることで、セーラはティムに対して大きなコミットメントをしました。
そのコミットメントは自らの支えを作り出しましたから、コミットメントをした最初の理由がなくなった後でも、彼女はそれに合うように行動しているのです。
新しく形成された理由によって、自分は正しいことをしたと確信しているからこそ、ティムと一緒に暮らしているのです。
自分のコミットメントが「私にはティムしかいない」という信念を強固にしたのです。
セーラが目を覚ます方法はないのでしょうか。
筆者は有効な対策を教えてくれます。
「私は現在の状態を知ったままで過去にさかのぼることができたら、同じ判断を下すだろうか」と自問する方法です。
セーラはどこかで、自分の選択は間違っていて、現在の生活ぶりは馬鹿げた一貫性を保つことによるものだと気づいているはずです。
(中略)
ただ、今のところは、彼女が作った支えからの騒音と妨害のために、その信号をはっきりと聞き取ることができないだけなのです。
(中略)
ティムに対する現在の満足感のうちどこまでが本物で、どこまでが馬鹿げた一貫性なのかを知るには、セーラはちょっとした工夫をすればよいでしょう。
(中略)
セーラが「もう一度同じ選択をするかしら」と自らに問いかけるなら、セーラは、これに対して最初に起こった感情を探して、それを信用する方がよいでしょう。
その感情は、自分自身を騙してしまう手段が入り込んでくる直前に、心の奥底から歪められずにすり抜けてきたシグナルであるはずなのです。
本書の内容に、少し説明を加えます。
セーラが、現在の状態を知ったままで、ティムとよりを戻す前の過去にさかのぼることができたとしたら、「もう一度同じ選択をするかしら」と自らに問いかける必要があるということです。
過去に戻って再び、恋人との婚約を破棄し、結婚式をキャンセルし、招待状を取り消し、そして大酒飲みのティムと同棲するだろうか ― と自問すべきだということです。
そうすればセーラは「自分の選択は間違っていて、現在の生活は馬鹿げた一貫性を保つことによるもの」と気付くことができるでしょう。
コミットメントと一貫栓が判断を鈍らせる
私たちは大きなコミットメントをしたあと、自分が下した決定の正しさを信じようとします。
コミットメントと一貫した思考や信念を持ち続けようとして、自分自身を欺くことさえあります。
自分で自分を騙しているので、過ちに気付くのは困難です。
まとめ
知らぬ間に「コミットメントと一貫性の呪縛」に絡め取られてしまうのが私たちです。
だからこそ怖いと言えます。
呪縛から逃れるには、「今知っていることはそのままにして時間をさかのぼることができたら、同じコミットメントをするだろうか」と問いかけることが有効です。
私が過去をさかのぼることができたら、B社から「実は事務所開設の手続きが間に合わない。出社日を1ヵ月後にしてほしい」と告げられたときに、しぶしぶ了承するのではなく、はっきりと「それは約束違反なので困ります」と一言付け加えます。
その上で、どうしてもやむを得ない事情だと分かれば、受け入れることでしょう。
もやもやした気分のまま、あいまいに妥協するのではなく、毅然とした態度で自分の主張を伝えます。
そうすればB社は、応募者に不利益を与える「入社日の延期」を重く受け止めたかもしれません。
コメントを残す